除夜の鐘と官能基

久しぶりにゆったりできたので、除夜の鐘を聞きつつまとめた、官能のこと。

官能基という素晴らしい訳語がある。化学物質の特徴的な部位のことで、たとえばバニラの香りのバニリンは3つの官能基を持つ。上から、カルボニル基、メトキシ基、ヒドロキシル基で、それぞれ特徴的な機能性がある。


官能基は英語ではFunctional group。直訳で機能基。しかし官能基と名付けた化学者の文学的センスはすばらしい。官能基は概ね「出ている」。機能性を持つのだから、出ている部位になるのは当然なんだけれど、出ていることに隠された意味があるのではないかと長年感じ続けてきた。

除夜の鐘を聞きつつ、自分の官能基を見る。ち〇〇も出ている。おっぱいも出ている。当然だろう、という声も聞こえてきそうだけれど、ならば問いたい。なぜ隠すのか。せっかく出ているものを、なぜまた隠すのか。おっぱいに至っては、中途半場に隠す。見えるか、見えないか、くらいに中途半端に隠す。バニリンはどの官能基も隠さない。いつでも反応できるように準備万端だ。しかし僕は官能基を隠している。

この、隠す、とか、しまう、という行為にも長年興味を感じずにいられなかった。私達はなぜ、片付けるのか。

基礎に据えるべき仮説として辿り着いたのは、「使うべき時に使うため」ということ。官能基は、使うべき時、というものが前提としてあるのではないか。

有機化学でマスキング剤(阻害剤)というものがあって、使うべきでない官能基に結合させて、働かないようにすることができる。マスキング剤は体内にもある。隠すのも、片付けるのも、使うべき時にないものを視界から隠し、あるいは守り、使うべき時に備えているのではないか。そうしないことが、「恥ずかしい」という心理につながっているのではないか。

知恵も「出す」と表現することに言葉の妙味を覚える。知恵も立派な機能だ。だから、出すべきでないときには、隠しておかなければならない。概して私たちの会話というものは、問題の解決ではなく、会話を楽しむこと自体が目的である。男性はここを勘違いしていると、多くの女性から指摘を受ける。

除夜の鐘は108の煩悩を消し去るために衝く、のではない、とどこかのお坊様も考えているにちがいないと勝手に想像する。煩悩こそが生きるための機能性。煩悩を消し去るなんてとんでもない。心得るべきは、出すべき時に出せ、ということ。出すべき時を誤り、機能性を発揮できなければ、その時はじめて、官能は煩悩に帰す。



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