助さん格さん、もういいでしょう。

お風呂にはいると、8歳の長女が黒板に大書していた。
 
「すけさんかくさん、もういいでしょう。」
 
妻の実家で再放送の水戸黄門を何度もみたらしい。
そしてこの言葉が強く心に残ったようだ。
なぜかは多分彼女にも私にもよくわからない。
しかし、他の多くの日本人の場合と同じように、この言葉は彼女の心を直撃した。
 
「もういいでしょう!」
 
そして彼女(いや、彼女だけではなく、私を含め日本全体)は学ぶのだ。
 
【物事にはいい頃合いというものがある】
 
つまり、どんなことでも、「もういいでしょう!」という境目がある、ということを学ぶのだ。
 
たとえば口げんかの時、自分の論理が上回り、相手を言い負かせそうになる。しかし心の中の小さなご隠居が叫ぶ。
「もういいでしょう!」
 
子供を叱るとき、自分の言葉に酔う。話が飛躍する。だまりこくる子供に言葉を浴びせ続ける。そして心の中で小さなご隠居が叫ぶ。
「もういいでしょう!」
 
同僚の勝手が許せず、責め続ける。避ける。無視する。そして小さなご隠居があの顔で叫ぶ。
「もういいでしょう!」
 
しかし自分という人間は、助さん格さんのように「控えい!控えおろーう!!」とはなってくれない。
自分を責めながら、制御不能に陥る。。
 
だからみな、気持ちの良いけじめを示してくれるご隠居と助さん格さんに惹かれるのだ。
 
いつの時代も、日本の老若男女の心に響き続ける。「すけさんかくさん、もういいでしょう!
 
 
 
 
 
 
 
 

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